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冗談は顔だけのつもりだ

そうさ100%現実

【本】鈍痛に苦しみながら読む『ふがいない僕は空を見た』

ふがいない僕は空を見た

窪美澄著/ 新潮社

 【あらすじ】
高校一年の斉藤くんは、年上の主婦と週に何度かセックスしている。やがて、彼女への気持ちが性欲だけではなくなってきたことに気づくのだが──。姑に不妊治療をせまられる女性。ぼけた祖母と二人で暮らす高校生。助産院を営みながら、女手一つで息子を育てる母親。それぞれが抱える生きることの痛みと喜びを鮮やかに写し取った連作長編。R-18文学賞大賞、山本周五郎賞W受賞作。
(新潮社さんあらすじからご拝借)


きっとこの本の著書は今までいろいろな経験をしたのだろう。これが、本書でまず始めに受けた印象だ。読後、とにかく著者の事が知りたくなり調べてみた。短いプロフィールを拝見したが、フリーの編集ライターをやっていたという事もあり、他人の様々な経験を聞く事があったにしても、うーん、多分ご本人も曲がりくねった道を歩いてきたのではないだろうか。いや、まっすぐ敷かれたレールの上を走っただけでは、この話を作り上げることは不可能だろう。

まず本書の肩書きとして、上記のあらすじにあるように二つの賞を受賞している。一つは『山本周五郎賞』。この賞はなんとなく調べてみたところ、直木賞で扱われにくいようなファンタジー寄りの幻想小説レズビアンの恋愛ものなど、ちょっとアクの強い作品が受賞しているようだ。ちらっと目にしたが「山本周五郎賞にハズレ無し」なんて言われているらしい。そして、本書も山本周五郎賞の例に漏れることなく、アクが強く大当たりであったと個人的には思う。

もう一つは『R-18文学賞大賞』である。多分全く聞き慣れないと思うこの賞は、公募新人文学賞であり、応募者は女性限定、選考も全て女性が行う。『女による女のためのR-18文学賞』と銘打っているだけはある。『読者賞』というものもあるので読者も参加できる。R-18と言う割には結構オープンな賞になっているようだ。

R-18と言うからには、官能小説のようなもので背後を気にしながらコソコソ読まなくてはならないのかー、と勝手に思い、実は読むのを躊躇していた。通勤時間に電車で読んだり、休憩時間に会社で読んだりしたかったからだ。
だけどどうしても気になり、本屋へ行き文庫をぱらっと読んでみた。たまに目に付く単語はあったが、そんなにコソコソする必要もなさそうだったので思い切って購入。とある事情で長い待ち時間を使い一気に読んだ。読み終えてから、やっぱりこれは電車の中で読まなくて良かったと思ったのだが、それはまた後ほど。


話は5編にわたっており、それぞれ語り手が変わる。主婦と関係を持ってしまう15歳の「斎藤くん」、コスプレ女で不妊症の「あんず」もとい「里美」、できれば斎藤くんの子供を産みたいと思う「七菜」、ボケたばあさんと暮らしダメな母親をもつ「良太」、そして、斎藤くんの母親であり助産師の「私」。
斎藤くんを中心にして起こる出来事が違う視点で語られてゆく。こことここが繋がってたのか!と驚く事もあり、非常に面白く読み進められた。
また、それぞれ口調が秀逸で個々の人物が簡単に絵として現れる。特にあんずは特徴的で、終始「ですます調」で語られる。それは非常に効果的で、感情が全くこもっていないように感じた。自分のことをまるで第三者のように語るあんずは、非常に切なく虚しく語りかけてくるようだった。斎藤くんの運命を狂わせた元凶であるあんずだが、なぜか少しも恨めないのだ。
『……こういう屁理屈を考えているから、私は人に好かれないんでしょうか。』(39頁引用)
全く、悩んでいる様子には聞こえない。何かを深く感じるという事を初めて教えてもらったのは、斎藤くんだったのだろう。

斎藤くんは15歳でありながら、成り行きで主婦と関係を持つ。不倫、というか淫行である。これだけ聞くと大それた事をやる頭の弱い男子高校生であるが、斎藤くんは違う。すぐ泣き、すぐ熱を出し、初めての瞬間は体が震え、それが恋であるという事にやっと気付き、失った瞬間どん底まで堕ちる。健全な15歳男子である、とは言いづらいが、何もなければ何もなく平穏に暮らすただの15歳男子だっただろう。
その「15歳らしさ」が斎藤くんの大きな魅力であり、本書にとって重要な要素になっている。高校生が高校生らしく嫉妬し、いじめを拡大させる。主犯となった人物は結局誰なのか語られなかった(はず)が、ジリジリと斎藤くんを追いつめる。仲のいい友達、であるはずの良太までもが斎藤くんに屈折した感情を持っていて、その行為に加担してしまう。その結果、斎藤くんに『飛び込んだら、らくになるかもな』と一度だけ死を口にさせる。
そんな「現代の高校生」たちがもがき苦しむ様を見ているのは、何とも心が抉られる。解説にもある通り、本書に出てくる人物は『若すぎる』のだ。


一番心を深く抉った編として、私は「セイタカアワダチソウの空」を挙げる。
良太は小学生の時一番背が高く、着ていたトレーナーの色がそれにそっくり、という事から『セイタカ』と呼ばれる。後にもう一つ意味が語られるのだが、これを聞いてぞっとする。本当に最近の小学生はこんなことを考えるのか。なんかもう、小さいうちからこんな人間になるなんて、気持ちが悪い。
父は自殺し母は金さえやっていればいいと思っている。終いには金さえ出さなくなり、どこかへ消えてしまう。良太は新聞配達とコンビニのバイトで生計を立て、ボケてしまい近所に迷惑をかけ続ける祖母と二人で暮らす。
転機が訪れたのは、バイトの先輩である『田岡さん』が良太に勉強を熱心に教えてくれたことからだった。「大学」という希望を持たせる。母が消え、自分は一体誰を頼ればいいのかと悩んだ時に『困ったことがあったときはいちばん最初におれを呼べよ』と言う。しかしそんな田岡までも、良太の前から姿を消してしまうのだ。

田岡には後ろ暗い事情がある。
『そんな趣味、おれが望んだ訳じゃないのに、勝手にオプションつけるよな神さまって』(224頁引用)
良太はこの結末を無意識のうちに予想していただろう。だから辛い。
『どうか今夜、あの人が寒い思いをしていませんように。ぼくはいじわるな神さまに一度だけ祈った。』(246頁引用)
自分がついに一人ぼっちになり、前が見えなくなっても尚、人の幸せを願った良太に涙が止まらなかった。


ゴリゴリと思いっきり抉られた後は、ちゃんと救われた。話が終わりを迎えるにつれ、希望の光が見え始める。よかった。みんな前を向いて歩き始めてる。読後感は非常に明瞭であるとは正直言えないが、何の感情ともわからない涙がボロボロとしばらく流れ、止まらなかった事は確かだ。
家で一人で読んで良かった。R-18だからなんとかっていうか、こんな泣いてたらどう見てもヤバい人だったわ。

しかし、これで何もかもが解消され終わった訳ではない。過去は消えないし、いつまででも心に残ってふとした瞬間に思い出し、また闇を落とすだろう。それが『神さま』が彼らに与えた残酷な試練だ。
どうか彼らが「忌まわしい過去」として思い出すのではなく、「貴重な経験」として語れるようになってほしいと願うのは、虫がよすぎるだろうか。

 

ふがいない僕は空を見た

ふがいない僕は空を見た